お寺で分骨してもらっていた私は、金色の分骨袋を同じような金色の
スカーフに包み東京に帰ってきました。
上野駅の新幹線改札口で待っていてくれた夫と電車に乗った。
隣に座った夫は、私の胸元にある遺骨を見て泣いていた。
13日、夫は仕事が終わったら翌日は会社を休むつもりで新潟に来ると
言っていた。
その言葉はとても嬉しかったが、私は心の底から来て欲しくないと
思っていた。
立前では仕事を休んでまで無理しないで欲しいと伝え、やんわりと断った。
それならばと、次に夫は、自分も家族の一員として見届けたいから
とにかく金曜の夜に行きます、と言ってきた。
私は、看取れなかったかわりに最後の責任を一人でさせて欲しいと頼み、
それを断った。
結婚して2年間くらいは、何とかして桃子を東京に連れて来られないかと
考えていた。
でも、それが無理なことで桃子にとっても新潟にいる方がいいんだと
気づいたときから、何年もかけて自分で自分を宥め続け、やっと納得して
諦められるようになっていた。
何度も言っているが、私は本来、諦めの悪い人間だ。
しかも、納得したフリをして根に持っていることが多い。
許すということが不得意だ。
結婚前、桃子について夫に相談したとき、「姑が反対しているから諦めてくれ」と言う答えだった。
これから自分を受け入れてくれようとしている姑の言うことに、私の立場で意見することが出来るわけがない。
結婚後、ある朝、姑が犬を飼いたいと話し出したので変だと思い、後で夫に
確認した。
そして、本当は姑に何も話してはなく、きっと姑が反対するだろうと思って
姑のせいにして私に諦めさせたことを認めた。
今は、結果的に桃子を東京に連れてこなかったことは本心から良かったと
言える。
でも、良かったと思いながら私はずっと夫を恨んでいた。
桃子は夫になついていたから、本当は喜んでくれただろうけど、とにかく私は
最後だからこそ会わせたくなかった。
正直に言うと、家族の一員だから・・・って笑わせるんじゃねぇと思っている。
もし、夫が本当に悲しくて会いたかったのなら、いい気味だとも思っている。
*2007/12/20 up